【磨く、駆ける、時々すべる〜ホテル客室清掃記録〜】について
このシリーズでは、私がホテルの客室清掃として働いていた体験を綴っていきます。
とはいえ、設定はちょっと変えて書きます。仕事のことを書きますが、誰かを誹謗中傷することや、当時お世話になった人たちに迷惑をかけることは目指すところではないので。
前回までの話はこちら。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ホテルは大所帯だ。
利用する側だと風景の一部として流しがちだけど、裏方に回ると実に多くの業者で成り立っているのがわかる。お客様に直接接するスタッフの他に厨房、花屋、清掃業者、クリーニング業者などなど。
で、毎日必ず出るものがある。
それは洗濯物。
ご家庭の洗濯物って油断ならない家事じゃないだろうか。人数にもよるけど、1日分なら大した量ではないのに、2日3日となるとウンザリする量になる。
ホテルもそれは同じ。
勤務していたホテルは1フロアに11〜12室あり超高層とはいかないながらそこそこの階数もある大きいホテルで、稼働率も高いところだった。
しかも宿泊施設なので365日稼働している。一年中、使用済みのシーツ、ピロケース、パジャマなどの衣類、バスタオル、フェイスタオル、ハンドタオルが宿泊人数分発生するのだ。
ホテルという名の洗濯物量産施設である。
それらをまとめて業者がクリーニングして、綺麗になったものをまた納品する。働く人も大人数なら使用済みの洗濯物も膨大。通路はいつも運搬トラックの到着を待つ、使用済みのパジャマやリネンの入った鉄製の巨大なカーゴが列をなしていた。
この鉄のカーゴに各フロアから出たパジャマやリネンを回収して詰め込んで運ぶのがリネン屋さんと呼ばれている人たちだった。各階から出た山と積まれたリネン類を上からどすんどすんと乗ってカーゴに詰め込んでいく。
リネン屋さんからしたらただ黙々と仕事をこなしているだけなのだけど、わたしは「もしかしたら機嫌が悪いんじゃないか」「怒ってるんじゃないか」と相手の機嫌をあれこれ勘ぐりすぎて、一人だけで緊張していた。
この点、「おっかあ」と呼ばれる職場のベテラン且つボスはとってもあしらい方がうまい。おっかあは寅年の女性で大所帯の中で生きる知恵をもつ。
言うまでもなく、清掃のパートをする人には女性が多い。必然的に女社会なのであるけど、おっかあが清掃のキャリアや実力的なものと人をまとめる人間としての力でトップであり、実質的なリーダーだった。
なぜ人をまとめる人間としての力でトップかとわかるかというと、万年清掃下手の私を邪険に扱わず、忍耐強く指導してくれたから。皆もわたしも親しみを込めて「おっかあ」と呼んでいた。
特に清掃は凄まじい時間勝負なのだ。チェックインの時間までに全てを完了させなくてはいけないし、日によってどういう内容を準備するかも変わるからとにかく全てにおいて細かい。
その現場で長年働き続けているのが、おっかあなのだった。
リネン屋さんが相手でもあらあ、ごめんなさいねえ。で、ニコニコしながらやりとりを交わしている。笑顔で自分から働きかけて、自分の意見も要所にはさむ。相手に敵意を持たせずに自分の要求も呑んでもらうかけ引き上手でもあった。
私がおっかあにリネン屋さんはちょっと緊張するといったときも、
「そんなことないよ、話しかけたり心配もしてくれるよー」
と、さらりと答えてびっくりした。長い経験と知恵がなせる技なのかもしれない。同じ人でもおっかあは自分の培った経験と知恵を使って無愛想な相手を話しかけやすい人に変えていた。
孫ほども歳の離れたわたしには到底すぐにまねができるようなことではないけど、難しそうな相手でも、こちらの腰を低くして相手のふところにすべりこむやりかたもあるんだと、恐れ入ったのを覚えている。
コメント