春を迎えて、心地よい風が吹いている。
「覚悟はいいか?」
「もちろん」と洋平に答えた。
この友達とも飛び立ってしまえば、二度と会うことはない。
「ねぇ、旅にでるって、ほんとなの?」
幼馴染の桜子が聞いてきた。私はああ、とだけ答えた。素っ気ないが、多くを語る必要がないことだ。だから、一言でいい。
つまらない、わたしも一緒につれてってよとさらに桜子は言い募る。
桜子は生まれたときから、一緒に大きくなったようなものだ。私が旅立つと聞いて寂しいのだろう。その気持ちは想像できる。しかし――。
徐々に差してくる日光を浴びながら、私は期待に胸を踊らせていた。
今日は気温がぐんぐん上がるに違いない。絶好のタイミングだ。
「連れていって!さっきから私の話聞いてるの⁉」
聞いているよ、と返した。
しかし、いよいよ相手はこちらの話が耳に入らなくなったようだ。こうなるともう会話は通じないだろう。時間がない。伝えるだけ伝えよう。
「連れていけないよ。遠くまで行くんだ。相手はどこにいるかわからないからさ」
沈黙が落ちる。
風はさっきより強く吹き始めていた。私たちの枝葉を揺らしてくる。
「それって、私を捨てていくってこと?」
「桜子、あきらめてくれ。同じ根っこから大きくなった私たちの血統は同じだ。血が濃すぎることは、次の世代にとっていいことではない。わかるだろう?」
桜子には、桜子にふさわしい相手がやってくるさ、と洋平が優しくとりなした。
「そんなのいつくるかわからないじゃない!」
風が更に強さを増した。うねりを上げて、さらに私たちの枝葉をゆさぶる。
―――時はきた―――
一呼吸おいて、桜子に話しかける。
「くるさ。確実に。風に乗って、私たちが遠くの見知らぬ相手に会いに行くように」
桜子は半べそをかきながら、きょとんとした。
「ほんとに?」
ざぁああっと風が強く私たちを揺すり始めた。
洋平が無言でうなずく。
さらに強い強い風がこちらに向かってきている。
出発だ。
「本当だとも。離れていても桜子の幸せを祈るよ」
桜子はなにかを言おうとした。
その時――。
「来るぞ!!」
洋平が叫ぶ。
「おおっ!」
私と洋平は強い風に一気に飛び乗った。
風は一気に私たちを運んでゆく。私たちの暮らしてきた杉の木の林はどんどんとおくなる。
私がここに戻ることは2度とない。
桜子からも遠ざかってゆく。
彼女が言おうとした言葉はなんだったのだろう。
確かめることはできない。それだけが、残念だった。
せめて、彼女が素晴らしい花粉に出会えることを祈ることにしよう。
沢山の仲間たちも強い風のうねりに乗ったようだ。
一緒に乗ったはずの洋平とは、もうはぐれてしまった。
それでも私は進まなければ。見知らぬ場所にいる筈の雌花を目指して。
眼下に始めてみる景色が広がってゆく。
進もう。
これからは、この変わりゆく景気を友として。
*などと。
ヒノキも加わって絶賛活躍中のスギ花粉の旅立ちを想像してみました。