祖母の8回目の命日を母親と偲んだ。
偲ぶために集まったはずなのに、ほとんど祖母の話題がでない。
亡くなった後はなにがなんだかわからないままに、あっという間に葬儀が終わってしまった。
1回忌と3回忌を合わせて行うと言われて、驚いた。そんなのありなの?
祖母が住んでいた家に寄り付かなくなった。盆と正月には顔を見せてきたのに。
形見の財布を見ただけで涙がにじんできた。
不定期ではあるけれど、お墓まいりをするようになった。
そして私たち親子は、祖母の話題のかわりにどうでもいいような話ばかりした。
ご朱印帳忘れたけど、そもそも御朱印をもらえる時間を過ぎていただの、
ウェイトレスの接客めんどうくさい感がひしひしと伝わってくるだの、
一眼レフで桜撮ってたら、カメラ頼まれただの、
軽くて、意味も目的もなくて、喋るのが目的のおしゃべりばかり。
こんなことができるようになったのは、祖母がもう、心の中に一緒に住むようになったからかもしれないな。
忘れたわけでも、軽んじているわけでもないんだ。
何回も悲しんできたし、今だに思い出すと涙がにじむ。
そういうことを積み重ねている間に、祖母はだんだん自分の心の中に入ってきたのかもしれない。
おしゃべりしている途中から、急に泣きごとが自分の口をついて出てきた。
話すことを覚え始めた子供のような、感情たっぷりの、短い細切れの言葉が出てくる。
「何? 私こんなことを思っていたの?」
話しながら、自分の口から出ている言葉におどろいてしまう。
聞いている母も驚いているかもしれないけれど、何より私自身が驚いている。
気がつけば、目には涙が滲んでいた。
普段、校正やライターとして言葉を使っている。
言葉を読みこむ、考える、ひねり出す。
誰かに伝えるための言葉。
誰かの理解や納得を引き出すための言葉。
伝達のツールとしての言葉。
伝えるために、あれこれ考えているくせに、自分には自分自身のことを伝えていなかった。
これからのことをあれこれ考えて、決める。
人から見たら稚拙と思われるようなことでも、決めたこと。
そして、後は実行していくだけのこと。
ただ、実行していく。
でも。
そこに湧き上がってくる感情を、自分自身でわかっていなかった。
私はこう思っている、感じている、そんなことを自分に語りかけてはいなかった。
やれやれ。
まいったなぁ。
なんのために言葉を使っているのやら。
そんな自分がおかしい。
祖母の8回目の命日を母と偲んだ。
8年かけて、祖母は私の心の中に一緒に住むようになった。
人生の初期に私に色々なことを教えてくれた人。
わたしとともに笑っていてくれるといいな、と思う。
どうも、自分の気持ちを置き去りにしがちな自分は、まだまだ発展途上。
いつまで発展途上なのかと思うけれど、それでも精一杯進んでいこうと思う。
出会うこと、繋がっていく縁、見るもの聞くもの感じるもの、その全て。
自分を押し殺すことなく、
ひとつ一つ、丁寧に向き合っていきたい。
よろしく、ね。