自分にとって特別なひらがなは何になるだろう?日本語はちょっと、いやかなり、ややこしいと思う。漢字にひらがなにカタカナ。生まれたときから馴染んできた言葉だけど、思えば3種類の形を組み合わせて使っている。私はそのなかでもひらがなの「ま行」が大好き。
どの音も好きだけど、ま行について言えば、はぁー、へぇー、ほお、ふにゃーのは行よりも硬い。
でも切り裂く、すぱっとしているような感じのら行よりも柔らかい。とくに「もちもち」「もっちり」。あの適度に粘っていて弾力を感じさせる言葉が大好きで、買い物でも「もちもち」とか「もっちり」を使って紹介されていると無条件に選びたくなる。散財ホイホイの言葉だ。
祖母は驚くと「てぇーっ」とよくいう人だった。
名前に「武」を使っている祖母は、名前のとおり大変気丈な人だった。負けるもんかが口癖で、奉公の時も、祖父が結婚1週間で兵隊に取られたときも、全部乗り越えてきた。そんな祖母は「た行」、てぇーっの人なのだ
祖母はてぇーっ、の後に○○だよぉと続けて自分の感情を籠めて使う。私はこの「てぇーっ○○だよぉ」を使ってよく叱られた。弟二人に年の近い従姉たちの中で「てぇーっ」の叱責回数最多ホルダーだ。
そんな祖母がわたしを別の女性と勘違いするようになった年、山梨の厄よけ地蔵の祭りに初めて参加した。
山梨の冬は猛烈に寒い。盆地なので雪は大してつもらないけど、とにかく風が切りつけるように冷たい。特に早朝の寒さは格別で布団から出られない。厄よけ地蔵の祭りはそんな寒さのまっただ中、2月の半ばに行われる。
夜店が並び、甘酒や肉まんたちが寒さに凍える私たちの胃袋を勧誘する。そんな中でこの祭りで販売されるのが切り山椒だ。
切り山椒は山椒をまぶした餅菓子で、山梨の郷土菓子、ということは知っていた。でも食べるのはその時が初めてで「もちもち」が好きなわたしは好奇心でわくわく。
生まれて初めての切り山椒はもちもち、よりも硬めだった。そして、なんていうか、からい。
うなぎにかける山椒の味を想像していただきたいのだけれど、あれがやや甘めの餅菓子に混ざった独特の味わいだった。そこから切り山椒は餅菓子のラインナップに加わっている。
初めて切り山椒を味わった年のお彼岸に、祖母は亡くなった。
お彼岸に亡くなる人は徳を積んだ人だと聞いたけれど、徳ってなんだかわからなかった。そこから、思い出しても涙がこぼれないようになるまでは長い時間が必要になった。
今年も厄よけ地蔵の祭りが終わり、来月になったらお彼岸がやってくる。
私は相変わらず「もちもち」が好き。もちもちが好きだし、切り山椒のちょっと硬い「もちもち」を思い出すと、どうしても祖母の「てぇーっ、○○だよぉ」の声が甦る。
今はどうしているのかわからないけれど、やっり、てぇーっ、○○だよぉと言いながら元気だといいな。そう思う。
特別なひらがなは、なんですか?