「こいつは駄目か。いい色艶してっけどな」
俺はおっさんがそういうのを聞いていた。
おっさんという言い方は雑か。
よく日に焼けて、顎にはごま塩の髭がポツポツ生えている、野性味溢れた中年紳士と言えばいいのか。
中年紳士は、俺をためつすがめつ眺めながら言った。
「よし、これは不知火な」
まじか。
それまじか。
本当にまじか。
何がダメなんだ。
おっさん、もとい中年紳士は全然俺の素晴らしさをわかっちゃいない。こちらは名門の生まれだぞ。色艶も糖度だって抜群に決まっている。
ノブリスオブリージュってあるじゃないか。高貴なる者は義務を負うってやつ。今日のこの日まで、俺は他のやつの何倍も努力した。
すべては誉れ高き「デコポン」とよばれるために。
俺も仲間たちも、元々は不知火(しらぬい)という品種だ。
「清見」と「ポンカン」の交配によって誕生した映えある名門柑橘類さ。甘みが強くて程よい酸味もあり美味しいんだぞ。身体は立派だし、頭がぼこっとでているのも愛嬌があるだろ?
その名門柑橘類の中でもエリート中のエリートと呼ばれるのが「デコポン」だ。
アゲハ蝶の幼虫に聞いたところによると、柑橘関係農協県連合会というところを通して販売される俺たち不知火のうち、糖度13度以上、クエン酸1.0以下といった「 全国統一糖酸品質基準」を満たした者だけが「デコポン」の名前を冠することができるらしい。
アゲハ蝶の幼虫ときたら、生まれてそんなに経ってなくてもやけに物知りなんだよな。葉っぱばっかりむしゃむしゃ食べてるくせにさ。どこでそんな知識を仕入れるんだろう。
俺は両親、と言っても父親は誰だかしらない。でもそれは仲間も同じだ。
同じだし、母さんがいるし、仲間がいるからそれで十分だと思っている。
ないものは気にしない。必要なことが満たされていればオッケーだと思わないか?
そう、両親というよりも母親にぶら下がりながらデコポンのことを知った時思ったんだ。
よし、せっかく生まれたからには立派なデコポンになろうって。
そう思って今日まで来たというのに。
あわれ、俺はたった今「不知火」と判断されてしまったというわけだった。
中年紳士もといおっさんは、俺を不知火グループのカゴに入れた。
かごの中には先に区別された仲間たちがたくさんいた。
「なんだよ、お前デコポンになれなかったのか?」
嫌なやつに話しかけられる。
俺のすぐ右隣にぶら下がっていたやつだった。
「まぁな。生きていると色々あるんだよ」
「あんなに馬鹿のひとつ覚えみたいに、デコポン王に俺はなる!とか言ってたくせによ〜」
ほらな。
こいつは実が小さいころからこういうことをいう奴なんだ。
だから嫌なんだよ。
うるせぇなあ、と俺は返す。
やつは俺が気落ちしているのを面白く思ったのか、しつこくからかってきた。
「あははは、だっせ〜、○✖️▲❇︎❇︎❇︎%!」
○✖️▲❇︎❇︎❇︎%だと?
貴様ぁ、許さん!!
と、そこから俺はちぇすとぉー!と叫びながら奴にぶつかっていったらしい。
らしい、というのは、その後大げんかになって、当て身をくらって気絶したからだ。
俺とやつに当て身を食らわせた不知火。
正しくは不知火じゃないか。
そいつこそが不知火の中の不知火、
「デコポン」だった。
なんで不知火の中にデコポンシールを貼ったやつがいるんだ?
そうして俺の冒険は、デコポンにあったことから始まる。
❇︎なんだか、不知火を見ているうちに妄想が膨らんだので書いてみました。
柑橘類、いいですよね!