私も先輩も馬も納豆も原子でできていたのか!
—宇宙史。
宇宙ができる成り立ちを解説するコーナーでカウンターパンチを食らった。
宇宙誕生とともに出来た原子、水素とヘリウム。
彼らがあつまり星が生まれて、中心部では核融合によりおおくの元素が生まれている。星々が誕生と死を繰り返すたびにさまざまな元素が生まれていき、地球自身もそれらの元素で作られているといった内容だった。
科学オンチである。幼いころに学研の学習と科学という雑誌を毎月読んでいたが、科学の方は何を読んだかちっとも覚えていない。思い出すことすらできない。その結果が小学生でも知ってるようなことを、中間管理職に立つような年齢になって初めて知った、なのである。なんてことは内緒にしておこう。
そんなおばかな学習史は置いてくとしても。宇宙が誕生したのが138億年前で、太陽系の星が最初に生まれたのが46億年前だという。自分の身が長い長い時間をかけた星々の誕生と死の繰り返しで作られているのだ。満員電車で足踏まれていらっとしたり東海道線を乗り過ごして大船までいったりする、この自分がである。
原子よ!星々よ!!
「足が疲れたから休みたい」
一人星々オンステージに浸っていた私に声がかかる。うん。きたよ。やっぱりきたよ。
さっきオムライスを食べたばかりだし、疲れたから休みたいと言ってくるだろうとは思っていた。向こうは無理なものは無理、嫌なものは嫌とはっきりいう性格なのだ。どこかに出かければこの手の中断は毎回入るのでこちらも慣れっこといえば慣れっこになっている。
でもなあ、まだ入り口も入り口。地球史ナビゲーターその2「宇宙史」を観たばかりなのだ。今からこれだと……。
恐る恐る聞いてみる。
「ねえ、歩いていけそう?地球館と日本館の両方とも回りたいんだけど」
「うん、もう疲れたからいい」
うわあ、そうきたかぁ。鑑賞する気ゼロだ。むしろマイナス!
「えっ、ほんとに?ほんとに??まだ全然観ていないんだよ?」
「だって歩きたくないもん。足が痛い。さっきどこかでカレーのいい匂いしたよ。そこにいこうよ」
私は残念だった。せっかく初めての国立科学博物館なのに、入場10分もしないうちの帰ろう宣言。後ろに控える生命史や人間史、タイムラインステージたち。それらを放棄してカレーの匂いが立ち込めるラウンジへ移動したいとのお達しなのだ。事態はカレー一人勝ちの様相を呈している。
原子よ!星々よ!!
「じゃあ、ちょっとだけ観て帰ろうよ。この先にもベンチあるだろうから、そこでまた休めばいいし」
「え〜。観たいの〜?」
展示物見たくないのに博物館にくる人っているんだろうか?しかし、どうしてもあと少しは観てかえりたい!!熱意が通じたのか、地球館を20分ほど鑑賞して、日本館をさらりと回ってカレーのラウンジに行くことに。
なにを目的にすればこれだけの仕事がなしえるんだろう?
日本館では企画展の『南方熊楠ー100年早かった智の人ー』を観た。南方熊楠氏のことは著名な植物学者で菌類や植物を研究していた方といった程度の知識しかもちあわせていない。
けれども数多の菌類を集めて、書き写したり、貼り付けたりした「菌類図譜」の4000枚近くに及ぶという仕事を知った時には、そう思わずにいられなかった。
新種の菌類というのは、正規に論文などに発表されて初めて新種と認められる。でも、菌類図譜に載っている新種の菌類を熊楠が発表しようとした形跡はないとのことだった。新種の菌類の発見を社会的に認められようとするのではなく、ただ収集するためだけに収集していたということになる。
興味深かったのは熊楠自身が「自分は元々とんでもない癇癪持ちで、病質を治そうと思って博物標本を始めたところ面白く、この方法のおかげで今日まで狂人にならずにいる」というようなこを書いていたことだった。極度の癇癪持ちを治そうと思って始めたのが博物標本で、それが菌類図譜へつながっている。
南方熊楠の菌類図譜の原点=自分の癇癪持ちの治療
ビジョンに基づいて戦略を練り、それにもとづいて年単位、月単位、週単位、日単位にタスクを落とし込んで行動せよ。
といったことを普段からいやでも耳にする。実際に無駄と思われるようなことを徹底的に省けば、その分達成したいことに早く到達できる。そう計算して、ビジョン達成に邁進していく。
でも、世界にはいろんな達成の仕方や目的があって、本来なら手段とされているものを目的として進む生き方もあるんだなと思った。どんなに能力や才能があっても一人でできることはたかがしれている。南方熊楠という元素の塊は菌類の研究に対する膨大な熱量でみごとに他の人(元素)を巻き込んでいった。そんな人が過去にいたということに壮大な気持ちになる。
カレーのラウンジは営業終了の時間になったため、私たちはル○アー○でお茶を飲むことにした。
生クリームは入っていませんか?と確認してから、彼女はホットココアを頼む。
でも結局、ココアを残していた。
「ねえ、ココア残っているよ。飲まないの?」
「だって甘いんだもん。もう無理」
「え、ココアが甘いってわかっていて頼んだんじゃないの?」
「そうだよ。甘いのがいやだから生クリーム入ってませんかって聞いたの」
「それで生クリームが入ってないから甘くないと思ったの?」
「でもやっぱり甘いだろうなと思ったの。そうしたらやっぱり甘かったから、もういいの」
「母さん。その流れがちっともわからないよ」
「なんかねー、複雑にできてんのよ。ふふふ」
私たちは原子でできている。星々が誕生と死を繰り返すたびにさまざまな元素が生まれていき、地球自身もそれらの元素で作られている。
長い時間をかけて作られた元素でできた私たち地球の生き物はバラエティに富んでいて当たり前なのだ。
これだけが正しい方法や生き方だ、ではなく、これは方法や生き方の一つだ。なのかもしれない。
もっか、遺伝的に私という元素を生み出してくれたはずの母親がちっともわからない。
でもこれも多様性の一つなんだろう。納得はできないけど、理解しながらいきてゆく。
原子よ!星々よ!!