会社を出ると早くも積もり始めていた。
斜めから容赦なく降り続ける雪は、うっすらと見えていたはずのアスファルトを白く覆ってしまっている。
うわぁ。さっきコンビニに行った時は積もってなかったよね?
あまりの状況の変化に驚いてしまった。
昼食を買いに外へ出てから一時間くらいしか経っていないはずなのに。
そういえば駅や街中の人はブーツだったなあ。スニーカーで仕事に来たことをちょっと後悔する。
「わぁ、すげえ降ってるわー。寒いー」
後ろから同僚の声が聞こえる。彼女はニット帽、ミリタリージャケットに緑のマフラーという出で立ちだ。重なった緑がやけに新鮮だった。
交通の麻痺を危惧した会社の指示により、急遽14時あがりで私たちは勤め先を出た。
駅に続く下り坂に出ると、雪に覆われた道を人がゆっくり行き交っている。
何度も人が通った後はアスファルトの灰色が目立つ。
スニーカーが滑るんじゃないかとどきどきしながら歩くと、前には一足先に歩く先輩の姿が見えた。大きめの赤いマフラーが揺れている。
あれ?
ふと、私はこの光景を見たことがあると思った。
どこだったかな。
いつだったんだろう。
雪。白い道。歩く人。緑や赤。
赤。
赤?
そうだ、と思い出す。
それはソール・ライターの「足跡」という写真だった。
ソール・ライター、という写真家の事を私が知ったのはごくごく最近のことだ。
年末に旅するスクールという企画で宮城県に行った際に一眼レフカメラをお借りした。
始めての一眼はホワイトバランスや露出といった言葉すらわからない私にとって、難敵だった。
ブレる。焦点があっていない。何を撮りたいのか伝わってこない。構図がわかっていないなどボロボロだった。それでも下手なりに撮っていくうちにいつの間にか写真に惹かれていった。いいですよね、写真ってと話しているうちに人に教えてもらったのがソール・ライターだった。
サイトで彼の展覧会紹介動画を初めて見た時に飛び込んで来たのが「足跡」だった。
今日みたいな雪の中に赤い傘を指した女性が一人歩いていく瞬間。
そして女性の歩く道には無数の足跡がついている。
白い雪の中に白から灰色に変わる間のさまざまな色が入り込んでいて、その中で女性の指す赤い傘が印象的だった。
初めて見た時はびっくりした。
これが写真なんだろうか。こんな写真を撮れる人がいるんだ!
私はカメラや写真は全く素人だし、技術的なことや、価値についてもわからない。
それでも、その時から、ソール・ライターのことは忘れられなくなった。
そして、今日みたいな雪の日に、彼の写真を自分の体験と重ねて思い出した。
もちろん、世界はそれだけではないことだって知っている。
大雪はもちろん混乱を招いた。
渋谷駅や品川駅が入場制限になったことも、チェーンなしで都内を走る車があったことも、
道が雪だらけで手がかじかんだことも、駅のホームの恐ろしい混雑も知っている。
私にしても、店の前を通るときに、思わず食料の心配をしたことも、家にいても指先が冷たかったことも、雪の影響だ。
美しいばかり、綺麗なばかりが全てであるわけがないことも知っている。
大雪が降ってソール・ライターの「足跡」を思い出したことは、世の中の膨大な出来事の中の、
小さな小さな個人的なひとかけらの出来事だ。
かけらにすらならないくらいかもしれない。
それでも、私はそのささやかな出来事を今日の中での大事なこととして憶えていこうと思う。
重要なのは、どこで見たとか、何を見たとかいうことではなく、どのように見たかということだ。
ソール・ライターが遺してくれた言葉と一緒に。
去年BUNKAMURA ザ・ミュージアムで行われたソール・ライター展にはリアルタイムで行けなかった。けれど、ソール・ライターのすべてを読みながら、また展覧会が開かれるのを心待ちにしようとおもう。
なんてね〜。
リンク貼っておきます。
ちょうど表紙が「足跡」になっているので、想像の手助けになってくれると嬉しい♪