セミがとびこんできた
セミの鳴き声は大きいと思い知らされた出来事がある。数年前の夜に蝉が部屋に飛び込んできた。洗濯物を取り込もうとしてベランダに通じる窓を明けたのがいけなかったらしい。
明るい光に飛び込む性分がそうさせたのか、気づくと蝉は座布団の上にちょこんととまっていた。私が近づいても逃げる気配すら見せない。動きも弱々しい。
どうしたものか。
私は困った。虫のもぞもぞ動くところが怖くて触れない。
幼い頃はよっちゃんイカを餌にザリガニ釣りをしたり、バッタやカマキリを追いかけたり、シオカラトンボやアカトンボやカブトムシが夏のヒーローだった。今は虫のもぞもぞ動くのがどうにも苦手になってしまっている。
セミ三郎のものがたりを考える
蝉はじっとしてる。
蝉にはセミ三郎と名前をつけることにする。これが元気なやつでブンブン飛び回ってくれでもするなら、窓を開けて出て行ってもらえる。けどサブトンを動かしてようやくジッ、ジジッと羽を動かすようではとてもそれは望めない。
蝉の命は成虫になってからが短い。というのはよく聞く。成虫になってから大体2週間ほど(種類によって違う)。成虫を飼育するのは難しくて、すぐ死んでしまうから、蝉の命は一週間などと言われるようになったらしい。
セミ三郎について考えを巡らす。
触るのが怖い。
でも命の残り期間が短いセミ三郎には、素敵なお嫁さんをもらってほしいとも思う。
生き物の世界は過酷な世界。ムカデやアブ、カマキリに鳥など蝉を捕食する生き物はたくさんいる。
長い下積み生活を土中に送り、捕食虫の目をかいくぐり、成虫となってからは命の残り時間が少ないのだ。
やるしかない。
セミ三郎、外へ出る
私はスーパーのビニール袋をかぶせた手でそっとセミ三郎を掴んだ。セミ三郎が手足をばたつかせ、羽を動かしている感触がビニール袋ごしに伝わってくる。
ひぃいいい。
もぞもぞ。もぞもぞ。もぞもぞ。
動くセミ三郎をベランダにそっと置いてあげる。セミ三郎はバタバタ動かなくなり、また大人しくなった。
もしかしたら、寿命でもう明日には動かなくなっているかもしれない。そう思いつつ、私は床についた。
セミ三郎は翌朝、いなくなっていた。
セミ三郎があの後どうなったのか?それはもう確かめようがないことだった。
セミ三郎の凱旋?
それから何日か経った8月の日曜日。
とびきり暑い日だったけど、なんとなくクーラーもつけずに机に向かっていると。開けていた出窓の網戸に蝉が止まり、思いっきり鳴き始めた。
ミーンミンミンミンミンミー
ミーンミンミンミンミンミー
ミーンミンミンミンミンミー
蝉の鳴き声はめちゃくちゃうるさかった。
4階だった。
真夏の馬鹿暑い日であった。
扇風機はなま暖かい空気をかき回しているだけだった。
小難しいことを考え込んでいた。
ミーンミンミンミンミンミー
ミーンミンミンミンミンミー
ミーンミンミンミンミンミー
あああああ。やかましいぃいいいい!!!!
というのが、正直な感想となった。
今私の家の網戸で思いっきり鳴いている蝉が先日のセミ三郎なのかはわからない。
でも。
もし、仮にセミ三郎だったとしたら??
もし、
「元気にやってるぜ」と凱旋きどりできてくれたとしたら??
それはそれでうれしい。
まあおとぎ話ではないし、セミ三郎は普通の蝉なので、鳴くぐらいが精一杯だろう。私はファンタジーな考え方にひとしきりひたった。
雨戸で蝉は一頻り鳴きまくると、ふいっと飛んでいった。
今年も蝉の季節がやってきた
今は引き払った4階の角部屋で蝉が雨戸にとまってわんわん鳴いたのはその一回だけ。蝉は交尾をすると力尽きてしまうので、あの時にきた蝉はセミ三郎じゃないのかもしれないけど。
セミ三郎なら楽しいよなあなんて考える夏でございます。