伊東へ旅に出て脳内ポエムまで旅に出たはなし

過去投稿分(2016年12月~2023年12月)
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伊東温泉に母と旅に出た。
「なんだか修善寺が気になるから連れてって。でもどんなところか知らないし、なんとなく思ったから言ったの。どうしても行きたいわけじゃないからそこじゃなくてもいい。見たいものも特にない。1泊2日で一人10000円が上限ね」

まとめるとたいそういらっとするリクエストだった。しかし、去年手術をして現在も普通に生活を送れるようになったのは本当にありがたいと思っている。こうして心の許容範囲がミジンコのように小さい娘は母を連れて一泊2日の旅に出た。

変更:修善寺→伊東(ちなみに1泊2日で交通費宿泊費込みの10000万円以内は無理だった。)

わたしは結婚していたと判明。
伊東の駅についてから、お昼に食べるところを探そうとなり、なぜか私は占い師に手相を見てもらうことになった。母は商店街を歩いている時に「手相 1000円」の看板に引かれて、自分ではなく娘を見てもらうことにしたのだ。お昼を食べるんじゃなかったのかい。

「あなた20代の時に結婚しなかったの?」
両手の線を見ながら、キノコカットの占い師のご婦人はそう言った。
なんでも結婚線が2本あり、それが20代と今の年齢に出ているそうな。
知らなかった。手相的にわたしは結婚していたのか。
してません、と答えると「そういう人いなかったの?」ときた。
「いたの?いたの?」
脇に座る母は興味シンシンで聞いてくる。女子校のノリっぽい。きゃーとかいいそうな勢いである。そういえばいたようないなかったような気がするけど、結論は一緒なので適当に流す。
大昔のこと言われてもなあ。
「今は男がだらしないから。自分で取りに行かなきゃダメよっ!」
「はぁ」
「そうですよねえ」
「今は結びつけるのが楽しみなおばさんもいないから。私のころは沢山いたもんだけどねえ。今の人は関わっていこうといないのよ」
「はぁ」
「そう、仲人さんっていって…」
話題はいつのまにか占い師さんと母のよもやま談義に移っていった。最後は誰と結婚しても大丈夫だから頑張ってねえと、伊東温泉の地で人生について励まされる。なんだかわからないけど、ありがとう。しかし本来の目的である昼食までたどり着いていない。

48年の階段
そのお店を選んだのは全くの偶然だった。
一軒家を改造して定食屋にしただろう店の暖簾には「舟や」と書かれている。今回の旅ではどこそこの店に寄るといったようなスケジュールというのをあえて組んでいない。元々、去年にS字結腸の手術を受けて、1年後の検査でも異常がなかった母親への祝いのようなものである。行き帰りの時間と宿泊施設の時間帯が決まっているだけなのだ。

だから、お店を探して歩いた時にたまたま目に入った営業中の幟になんとなくひかれて入った。ランチタイムの時間帯であることと、海鮮を扱っているということ以外は詳しくはわからなかった。中へ入ると奥がレジで右側はどうやら厨房になっているようだ。しかし人の気配が全くしない。

「ごめんください」と声をかけつつ、二階へ上がると女将さんが出てきた。二階には壁一面にいろんな著名な人のサイン色紙が並んでいる。川奈にゴルフにきて、こちらのお店で宴会をするというのが、定番コースらしい。

ランチは煮付け、刺身、さざえのつぼ焼きと海鮮づくしだった。女将さんは重い食器を二階まで運んで下げてを48年の間店を切り盛りしているという。語る話はお客さんの面白い話から旅館の話まで幅広く、ぐいぐい引き込まれた。一時は膝が痛くて這うようにして配膳しながらも、また治して今も現役だ。きっとこんな感じでお店に来る沢山のお客さんを迎えてきたんだろう。私はこのお店と女将さんのファンになってしまった。伊東に来る目的ができた。

ランチの写真。これで2000円。

昭和ロマンと女房のスキャンダル
今回宿泊した宿の近くには東海館があった。昭和初期に建てられた温泉旅館だ。当時の名だたる大工を3人呼んで各々の技術を競わせたという建物は、現在は資料館として使われている。

陽のあたる喫茶室からはすぐ隣を流れる川の流れを見ながらコーヒーを飲むことができた。趣のある建物とコーヒー。日差しが差し込むテーブル。川に反射する陽光。私たちのテーブルの斜め横に座った女性たちはスキャンダル話に花を咲かせている。

歴史ある建築物。床の間に飾られた豪華な花々。細かく意匠の施された欄間。LINEのトーク画面をスクロールしながら、花開く噂話。なんだかシュールだった。私たちは無言になった。
彼女たちが退席した後、母と目を合わせた。いちいち口にしないけど、おそらく同じことを感じたはずだ。
「私の左にいた人が話の中心で一番悪口を言っていたんだよ。正面の人はふんふんて聞いているだけだった」
母はカメラに注意を向けてた私より、よほど細かく聞いていた。しかも、母の位置からすると彼女たちは後ろいるので見えないはずである。沈黙の間、そちらに神経を集中していたらしい。他人の会話を聞いていなさそうできっちり聞いている。そういえば祖母もおんなじようなことやっていたっけ。こちらの女性グループも向こうに負けず劣らずどうでもいいような細かいことを気にかけている。どっこいどっこい。女こわい。

竹あかり
東海館脇を流れる川にそって竹あかりの催しが開かれている。夜になると松川沿いに置かれた竹にあかりが灯る。かなり幻想的な光景だった。来年の3月いっぱいまで行われているそうなので、歩いてみてほしい。


肌ツヤお姐さまは80歳

1泊2日の二日目。宿泊先をチェックアウトした母の温泉に行きたいとのリクエストに答えて、伊東七福神の湯に行こうと計画した。宝舟に出てくる七福神の名前をつけた共同浴場が伊東駅から徒歩圏内にある。浴場といっても温泉だ。しかも入湯料が250円とか300円。さすがに温泉地。

観光案内マップには、「営業時間14:30〜」とあった。現在は11時すぎ。伊豆の踊り子号出発時間が16時。
こうして駅に近くて14時から営業している温泉施設に場所を変更し、神社に行ったり昼食を食べたりしながら、国道135号線をてくてく歩いた。
今回入湯した「汐留の湯」。第3公衆浴場になり、源泉掛け流しだった。タオルが別売りなのはよくあるけど、髪を洗う洗わないは申請式で、洗う場合は50円を追加で支払う必要がある。真ん中に真四角の浴槽がひとつあり、それを洗い場がコの字型になって囲んでいる形だった。シャンプーリンスはないだろうとはおもっていたけど、石鹸もなかった。あるのは洗面器と風呂椅子のみ。備品関係は持ってくるか買うかだった。ハイパーシンプルである。

主に地元の人がよく使うらしく、お客さんは勝手知ったる人たちばかりだった。素っ裸でみんなよくおしゃべりしている。年配の女性ばかりだったけど、みんな肌がツヤツヤで元気だ。そして石鹸を貸してくれたり、沢山話しかけてくれる。よく喋るし、私たちもあっつい湯に浸かりながらよく喋った。みんな80代で、毎日ここの温泉に通っているという。毎日のことだから、みんな長湯はしない。おしゃべりしながら洗って湯に浸って一斉に上がる。温泉はすごいよ。泊まったホテルもこの公衆浴場もまったく味わいが違うので、それもそれで楽しい。今回の旅は本当におしゃべりが大好きな人ばかりだった。温泉であったまって緩むとそうなるのだろうか。


旅のポエムノートブックが旅に出た
「母のアテンドは確かに大変ではあったけど、本人も喜んでくれてなにより。また伊東に来ようと思った。」などと、つらつらと旅の記録を残しているノートブックがある。ポエムばかりだ。どこかに旅に出る度に持っていくのだけど、伊豆の踊り子号の中に忘れてきたかもしれないと気づいたのは、帰った翌日だった。ポエムノートブックがどこにも見当たらないのだ。

はぁ〜〜〜〜〜?????

問い合わせセンターの方と話している間中、私の頭の中には「恥の多い人生を歩んできました」とか「秘密のあっこちゃん」とかの言葉が駆け巡る。そしてその言葉は伊豆の踊り子号ではなく、経由駅で見つかりましたと教えてもらったとき、最高潮に大きな音で頭で繰り返された。

 

 

 

 

担当者「なんか日記のようなものが書いてある・・・・」

 

 

 

 

 

わたし「!!!!それですうぅぅ!ありがとうございます!」
(頭の中、「恥の多い人生を歩んできました」と「秘密のあっこちゃん」無限再生)

 

こうして、旅に出たノートブックは無事に帰還を果たした。


最後に
自分のポエムを見も知らぬ誰かに(部分的とはいえ)晒すという失態を犯した私は、自分が高橋留美子さんの世界に住んでいないことを残念に思った。

ガンガンガンガン!!!!
どしゃああああ。
彼女の漫画の世界では頭をコンクリや電柱に打ち付けると破壊できるのである。私も、恥ずかしいぃといいながら電柱に頭をぶつけたくなった。そうしたら少しスッキリするかもしれない。しないか。やめよう。

こんど旅に出る時もこりずにノートブックをもっていこうと思う。そう、私はこりないのだ。
今度はなくさないけどね。

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